オリジナル発表:
第43回中国地区英語教育学会(会場:広島大学教育学部)
2012年6月23日(土) 14:15-14:45 第四室 (K116教室)
オリジナル発表の二次的利用:
第42回中部地区英語教育学会(岐阜大会 会場:じゅうろくプラザ)
2012年6月30日(土) 13:00-15:00
シンポジウム 学校英語教育を考える3つの視座:
成長する教師・自立する学習者・進化する授業
コミュニケーション・モデルの再検討から考える
英語教師の成長
柳瀬陽介 (広島大学)
yosuke@hiroshima-u.ac.jp
■ 概要
授業というコミュニケーションは教師の成長にとって欠くべからざる要素であるが、そのコミュニケーション理解において、個人主義的な情報伝達モデルだけで考えることは危険であり、「場」を重視するモデルも導入する必要がある。本発表はヤーコブソンによるコミュニケーション・モデルを解釈することにより、英語授業というコミュニケーション、および学習者の目標である英語コミュニケーションについて再検討し、英吾教師の成長について具体的に検討する。
■論の構成
1 序論
1.1 教師の現状:
時間とことばの喪失。形式や進め方ばかりが問われる授業。
1.2 問題:
教師の「同僚性」(佐藤 2009)がしばしば語られ、教育においては「場」の形成が大切と多くが言うが、教師の成長が理論的に語られるとしばしば個人を対象とした言説になる。「場」ということばも曖昧にしか理解されていない。コミュニケーションに関する理論的理解不足が障害になっている。
1.3 先行研究:
柳瀬・組田・奥住 (2011) は英語教師の多様な声を拾い上げて英語教師の成長を語ろうとしたが理論的考察が不十分であった。松井 (2012) は社会文化的アプローチを理論的基盤にしながらエスノグラフィ的な方法で英語教師実践を研究し、コミュニケーションの相互作用性を強調した。だがコミュニケーション理解はまだ十分ではないと考える。
1.4 本発表の目的と意義:
個人単位の発想をする情報伝達モデルと、「場」を構想するコミュニケーション・モデルを検討し、授業というコミュニケーション、および英語教育の目標である英語によるコミュニケーションについて再考し、英語教師の成長についての理論的理解を深める。なお「場」の定義は後に導入する。
2 情報伝達モデル (=コード・モデル)
2.1 Shannon (1948) の通信用モデルの人間コミュニケーションへの転用:
Shannonはもともと「意味」の考察は除去していた。関連性理論 (Sperber and Wilson, 1986/1995) はコード・モデルが言語コミュニケーションの説明として極めて不十分であることを示した。
2.2 情報伝達モデルから考える英語授業:
(1) 制度的に教師と学習者が存在し、物理的に教室と教科書・教材があれば授業は成立するはず。(2) 教科書・教材がよくできていて、それがノイズなく効率的に伝達されれば授業というコミュニケーションは成功するはず。⇒コミュニケーションの素朴な物理的存在論と、教師・学習者の個性と相互作用を無視して成立させている一般論。情報が機械論的にSN比で定義され、生命論的に定義されていない。
2.3 情報伝達モデルから考える英語コミュニケーション:
(1) Transmitter/receiverとしてencoding/decodingに習熟すれば英語コミュニケーションはできるようになる。(2) L1という要素を除けば、encoding/decodingはそれだけ単純になり、英語コミュニケーションは容易になる。⇒コミュニケーションにおけるメッセージそのものの重要性を軽視し、かつ伝達対象とコンテクストの独立的不変性を仮定し現実世界のコミュニケーションを捉えそこねている。
3 Jakobson (1960) に基づく場のモデル
3.1 小山 (2008, 2012) のJakobson理解と出来事モデル:
言語人類学によるコミュニケーションの理論的理解の中で、Jakobsonを基盤とする。アイデンティティなどの社会的側面も強調。だがJakobsonの用語法 ( context/referent,)や「接触」「動能」などの翻訳語に若干の違和感を覚える。
3.2 柳瀬によるJakobson解釈:
Jakobsonモデルの解釈:呼びかける者が呼びかけられた者と出会うことができた時に、固有のメッセージが出現し、同時にそのメッセージの背景が指し示される(CONTACTを「出会い」、CONTEXTを「背景」、POETIC FUNCTIONを「作品化機能」と翻訳。メッセージは生命論的情報)。
「場」はSITUATIONとし、以下の包含関係で理解する。
3.3 Jakobson解釈のルーマン的展開:
出現するメッセージも指し示される背景も、コミュニケーションの参加者一人ひとりにおいて異なりうる(=情報伝達モデルの否定)。場とは、異なる個々人がコミュニケーションにおいて相互作用的に共存する時空である。(下の図ではオースティンの古典的な用語法を踏襲している)。
3.4 場のモデルから考える英語の授業:
(1) 出会いが成立してこそ、授業のメッセージおよびそのメッセージの背景が現れる。それぞれの出会いによって、メッセージはテクスト化され、背景はコンテクスト化される。最初から万人に同一のテクストとコンテクストがあるわけではない。
(2) 相互に重なりながらも異なるところをもつメッセージと背景が複数、同じ場に現れる相互作用で、コミュニケーションは発展する(=メッセージがそれぞれにより作品化され、様々な背景の指し示しが精確になる)。
3.5 場のモデルから考える英語コミュニケーション:
(1) コミュニケーションでは、記号に関する知識だけでなく、情動表現と出会いを可能にする身体的側面、出会いに値するぐらいのメッセージの作品化、および奥行きと広がりのある背景が必要。
(2) リンガ・フランカにおけるコミュニケーションでは、L1が背景(およびそのさらに奥に暗黙的に存在する環境)としてのコミュニケーションの源泉となる。背景・環境が、コミュニケーションの記号の革新につながることもある。
4 考察
以上の検討により、しばしば聞かれる以下の言明に対する理解が深まる。
4.1 「英語教育には中身がない」:
技能の自動化といった訓練ばかりが強調され、出会いを鮮烈なものにし背景の指示を先鋭なものにするために英語教材を「作品化」することが、文学的教材を排斥し資格試験問題を偏重するといった近年の傾向の中でますます減っている。あるいは、構文中心で本文を作るため文体論的洗練を犠牲にすることも、「作品化」の軽視の現われである。
4.2 「文学的教材でもコミュニケーションは学べる」:
文学的教材は、メッセージをメッセージたらしめる言語表現そのものへの工夫(作品化)にみちた教材であり、言語コミュニケーションの本質的側面を扱うものである。しかし「文学的教材」を狭義の文学的正典 (canon) だけに外延的に定義することは、「作品化」を矮小化することである。
4.3 「英語活動はコミュニケーションではない」:
コードとしての英語の使用ばかりが強調される英語授業の英語活動は、他教科の優れた授業での「聴く」「つなぐ」「もどす」コミュニケーション (佐藤 2009)とは大きく異なる。コードの自動的使用は、それだけでは豊かなコミュニケーションを生み出し得ない。英語授業は英語コミュニケーションの力を十全には育てていない。
4.4 「職場での語り合いが、教員研修によって奪われる愚」:
異なる複数の人間が同じ場に集い、多様な作品(メッセージ)と様々な背景を発見してゆくという非予定調和的コミュニケーションを理解することが、情報伝達モデル的理解によって阻害されている。コミュニケーションは予定通りのテクストを生み出さないかもしれないが、場を形成し、そのコミュニケーションの場が豊かな理解と行為を生みだし、またオートポイエーシス・システムとして自己言及的に自己(再)組織化をする (柳瀬 2012)。
5 結論
5.1 要約:
英語教師の成長の最重要項目は、英語授業というコミュニケーションに習熟することである。しかも、英語授業というコミュニケーションは、学習者自らが英語でコミュニケーションができるようになることを目的にするので、英語教師はコミュニケーションについて他教科以上に理解を深めておく必要がある。
しかし英語教育の中身・活動を批判する声、英語教育界自身が資格試験の数値に短絡的に傾斜し文学的教材を排斥する傾向からすれば、英語教育界のコミュニケーション理解は乏しいように思える。このままでは「授業は英語で」が形骸化し英語教育の内容・実質がますます言語的にも文化的にも貧困なものになる恐れがある。
この乏しいコミュニケーション理解は、英語教育界が情報伝達モデルのような単純なコミュニケーション観に傾斜し、ヤーコブソンが示したような、人間の呼びかけ・出会い・メッセージ・背景が成立する場を、記号の理解とともに同時に考える複合的なコミュニケーション・モデルをまだ咀嚼していないことを一因としているかと考え、本発表ではヤーコブソンのモデルの解釈を示した。
5.2 結語:
情報伝達モデルは、個々人を相互作用の中で複合化されたものではなく、分解された要素と捉える点で、個人主義的である。孤立した個人を基本単位として考える思考法は、デカルト以来の西洋近代において強力に発達した枠組みであるから、それを相対化することは困難である。それゆえ、ヤーコブソンのモデルなどを発展的に理解・解釈することで、場を構想する思考法に習熟することは、新自由主義以来加速した近代の個人主義的発想がいまだに減速していないように見える日本の(英語)教育界にとっては重要である。英語授業の改善にも、英語教師の成長にも、コミュニケーションのさらなる理論的理解は重要である。
5.3 限界:
本発表は「場」を主題の一つにしながらも、西田幾多郎あるいは西田を参照しながら近代科学の枠組みで語ることを清水博などの論考を取り上げることができなかった。本発表が日本語によるものでありながら、これら日本語論考を対象としなかったことは皮肉なことであるが、同時にこれは、西洋近代以外の語り方が日本の英語教育界では未だ困難であること(というより受け入れられにくいこと)に由るとも考えている。(加えて言うなら、教師の成長の最大要因とも考えられる人間としての成熟については何も語らなかった)。
5.4 課題:
コミュニケーションの最初の決定的要因である出会いの成立の感知は、認知的・言語的というより身体的なものである。その他にも身体はコミュニケーションの呼びかけにも深く関わっている。英語という第二言語で、自然なからだを作り上げることは、学習者のみならず教師にとっても大きな挑戦である。からだについては竹内敏晴などの優れた論考があるが、本発表では発表枠の関係もあり身体論を論証に統合させることができなかった。コミュニケーション論への身体論の導入と統合は今後の課題である。
参考文献
石田雅近・久村研・酒井志延・神保尚武(編)(2011)『英語教師の成長―求められる専門性』 東京:大修館書店
小山亘 (2012)『コミュニケーション論のまなざし』 東京:三元社
小山亘 (2008) 『記号の系譜―社会記号論系言語人類学の射程』東京:三元社
佐藤学 (2009) 『教師花伝書』 東京:小学館
清水博 (1996) 『生命知としての場の論理―柳生新陰流に見る共創の理』東京: 中央公論社
清水博 (2003) 『場の思想』 東京: 東京大学出版会
高橋一幸 (2011) 『成長する英語教師』 東京:大修館書店
竹内敏晴(1988)『ことばが劈(ひら)かれるとき』(ちくま文庫)(初版は1975年に思想の科学社から出版)
竹内敏晴 (2001) 『思想する「からだ」』晶文社
竹内敏晴(2009)『出会うということ』藤原書店
竹内敏晴 (2010) 『レッスンする人』藤原書店
竹内敏晴 (1999) 『教師のためのからだとことば考』ちくま学芸文庫
西田幾多郎 (1949)「場所的論理と宗教的世界観」(pp. 371-464)『西田幾多郎全集第11巻』東京:岩波書店
松井かおり (2012) 『中学校英語授業における学習とコミュニケーション構造の相互性に関する質的研究―ある熟練教師の実践過程から』 東京:成文堂
柳瀬陽介 (2009) 「現代社会における英語教育の人間形成について」『中国地区英語教育学会研究紀要』 No. 39, pp.89-98.
柳瀬陽介・組田幸一郎・奥住桂(編) (2011)『成長する英語教師をめざして』東京:ひつじ書房
ラボ教育センター (2011) 『佐藤学 内田伸子 大津由紀雄が語る ことばの学び、英語の学び』東京:ラボ教育センター
ルーマン、ニクラス著、佐藤勉監訳 (1993) 『社会システム論(上)』 東京:恒星社厚生閣
ルーマン、ニクラス著、佐藤勉監訳 (1995) 『社会システム論(下)』 東京:恒星社厚生閣
Bateson, G. (2000) Steps to an ecology of mind. Chicago: University of Chicago Press.
Damasio, A. (2000) The feeling of what happens. Mariner Books
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Luhmann, N. (1984). Soziale Systeme. Frankfurt: Suhrkamp
Luhmann, N. translated by Bednarz, J and Baecker, D. (1995). Social Systems. Stanford: Stanford University Press.
Shannon, C. (1948) A mathematical theory of communication. Reprinted with corrections from The Bell System Technical Journal, Vol. 27, pp. 379-423, 623-656, July, October, 1948. Obtained from: http://cm.bell-labs.com/cm/ms/what/shannonday/shannon1948.pdf
Sullivan, H. (1970) The psychiatric interview. W W Norton & Co Inc
Sperber, D. and Wilson, D. (1986/1996) Relevance. Oxford: Blackwel
Wilson, D. and Sperber, D. (2012) Meaning and relevance. Cambridge: Cambridge University Press.
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