2008年12月10日水曜日

Hook, bridge, outline

パラグラフライティングは通常トピックセンテンスから始まると教えられますから、論文全体や、章・節の冒頭は「この論文/章/節では○○を論ずる」という形で始まる書き方を多用する学生さんは多くいます。

決して悪い習慣ではないのですが、学生さんが長時間かけて考えてきたトピックに対して格段の知識も理解も興味ももっていない読者からすれば、そのような冒頭の宣言が章や節で次々に続くと、その章や節でやりたいことはわかるのですが、その章や節と、その前後のつながりがわからずに、読みにくさやとまどいを感じてしまうことがあります(The problem of a writer is that she knows too much!)。

前後のつながり(あるいはcoherence:一貫性)を明確にするための工夫にhook, bridge, outlineがあります(細かい文章表現としてのdiscourse markersやcohesionの示し方などは今回は割愛します)。

Hookとは文章冒頭に読者の興味関心を得るための練られた導入文です。例えばいきなり「本論文ではルーマンのMitteilung概念の・・・」と論文が始まるとします。ルーマンを専門とする学者仲間に書く論文ならこれでもOKでしょうが、「そもそもルーマンって誰?」という人々も読者層にいる場合、この書き方は明確ではあるかもしれませんが、読者に配慮した書き方であるとは言えません。ですから例えば「コミュニケーション理論においてのルーマンの重要性は多くの人に認められ始めているが、しかしその中で議論が多いのがMitteilung概念である」などという文をhookとして冒頭に置きますと少しはこのトピックについての知識・興味をもたない読者も「ああ、そうなの」と思うことができます。さらに「英語教育でコミュニケーション能力は中心概念であるが、その理論的基盤は意外に脆弱である。コミュニケーション理論においてのルーマンの重要性は多くの人に認められ始めてきたが、彼の理論の中のMitteilung概念に関しては様々な議論があり、その概念理解が十分でないため、ルーマン理論の受容の障害となってきた」などとつけ加えて「従って本論文ではルーマンのMitteilung概念の・・・」と続けるともっと読者に親切になるかもしれません。

難しい例が続いたので、hookの簡単な例をあげます。それは売り子の第一声です。あなたはあなたの会社のミキサーを売るために、デパートのエスカレーターの踊り場で販売をしています。あなたは近づいてくるご婦人に「うちのミキサー、MX-3 Mark IIを買って下さい」と呼びかけますか?それではご婦人の関心は得られないでしょう。もう少しいいのは「奥さん野菜足りてます?」とか、「お肌のためには化粧品よりも新鮮な野菜ですよ」とかいった文句かもしれません。こうやって他人を引っかけるのがhookです。


Bridgeというのは、複数の文章をつなぐ文です。章から章へ、節から節へと移動する時、前の章・節の末尾、あるいは次の章・節の冒頭に、前後のつながりを明らかにする文章をいれます。章・節の冒頭でしたら「前章・前節では○○について論じてきた。しかしその中でわかってきたことは、△△については以前不明であり、この△△の理解を欠いては、○○だけでなく本論文のテーマは究明できないということである。したがって本章・本節では△△の理解を得るため、△△についての代表的な論二つを導入し整理すると共に、その限界点を示す」などといった文をつなぎ(bridge)として入れておくわけです。そうしますと読者はすぐに論のつながりを理解することができます。Bridgeを前の章・節の末尾に書く場合も同じようなものです。私の経験では、学生さんの論文は、bridgeがないぶつ切りの章・節から構成されていることが少なくありません。論文の書き手はそれだけでも論文のつながりや流れはわかるのかもしれませんが、そのトピックに書き手ほどの知識・理解・興味をもたない読者は、bridgeがないと、一瞬、自分は論全体の中のどこにいるのかがわからなくなります。くどくなりすぎないようにうまくbridgeを入れて下さい。


現在の論考が論全体のどこにあるのかを示すのがアウトラインです。通常これは論文の目次や、序論での「本論の構成」のセクションなどで示されます。しかし読者は書き手ほどにはこのアウトラインを頭には入れていません。読者にとって適切なタイミングで論文全体のアウトラインを再提示したり、それぞれの章においてのアウトラインも提示するようにして下さい。


ただし「読者にとって適切な」というのがくせ者です。書き手はしばしば読者の理解の程度や気持ちがわからなくなります(The problem of a writer is that she knows too much!)。ここでは書き手本位の研究的知性とは異なる、読み手本位のプレゼンテーション的知性を磨き、育てなければなりません。いくらいい研究をしても他人にわかってもらえなければ意味がありません。また研究職にも多くの場合教育の責任も伴います。教育つまり他人を育てる営みにおいては自分の心と異なる他人の心を適切に理解することが必要となります。自分本位の知性の発揮には優れていても、他人本位の知性の働かせ方が苦手な人もいます。しかし自分の心とは異なる他人の心を読むことは重要なことです。Hook, bridge, outlineあるいは他の工夫も、他人の心を読もうとする努力の中で使いこなしてください。ただhook, bridge, outlineを機械的に入れればいいというのではありません。<読者に親切>であるための工夫としてこれらを使用して、社会的に有用な知性をあなたも身につけて下さい。







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