論文とは、あるトピックに特段の知識も興味ももっていない読者に、面白くそのトピックに関しての知的納得を与えるエンターテイメントです。高度で複雑な内容を、速読や拾い読みしかしない人でもわかるように、またあまり興味をもっていなかった人も思わず引き込まれるように、つまり<読者に親切に>なるように最大限に工夫されて書かれたものが論文です。
論文は単純で簡単なことをわかりやすくまとめただけではありません。論文の内容は高度で複雑なものです。ですが論文は<読者に親切に>書かれているので、上記のように知識や興味のない人も、その高度で複雑な内容の概略をきちんと理解することができます。ですから自ら知識や興味をもって読む人には、とても深い内容が短時間で伝わります。だから論文を書くという技術は現代社会で価値があるのです。
ですから論文を書くことは、学術的に大切なだけでなく、ビジネスをする上でも、学校で授業をする上でも重要です。ビジネスでのプレゼンテーションでは、短時間に必ずしもあなたの会社の商品や企画に興味をもっていない人に、あなたの会社の商品や企画の良さを訴えなければなりません。学校の授業では必ずしもその授業を聞きたく生徒にも授業内容を面白いと思ってもらわなければなりません。大学・大学院で論文を書く技術を学ぶことで、みなさんはこのように広く社会で活用できる知的な技術を集中的に学ぶことになります。
ですから論文で強調される、パラグラフライティングの原則の徹底(Topic sentence, Body, Conculsion)、アウトラインの明示化(論文構造を明確に示しておく)、章・節・項のモジュール化(必要な内容はすべて所定の章・節に入っている)、章・節・項のヒエラルキーの徹底(項の集合が節の包括的一貫性となり、節の集合が節の包括的一貫性となっている)、章・節・項のブロック化(章・節が組み上がることによって全体の構造ができあがっている)、章・節・項のレベルでの説明の伸縮自在性(章のレベル、節までのレベル、項までのレベルのそれぞれで短くも長くも語れるようになっている)、hookやbridgeの使用(読者の関心を引き、途切れさせない工夫:後述)、図や表についての決まり(例えば統計結果は何を表示するべきか)、はては参考文献の書き方の作法などすべてが<読者に親切に>という原則に貫かれています。
ですから論文の書き方について何かを学ぶ際は、「うるさい作法を学ばなければならない」などと考えるのではなくて、「この作法を守ることによって、どのように<読者に親切>になれるか」ということを考えるようにしてください。極論を言いますと、<読者に親切>であれば、私は細かな作法はAPAであろうがMLAであろうが、何でもかまわないと思います。
<読者に親切>と言いましたが、これは知的納得をするために親切ということです。知的納得は、読者が必要にして十分な情報を、整理された形で効率的に提示された上で、重要な判断は読者自身が下せるような形で論考が進められることによって得られます。読者はその思考と判断の過程を楽しみたいのです。論文とはその知的楽しみを供給するエンターテイメントです。ですから、論文ではただリサーチ・クエスチョン(RQ)とその答えを出すのではなく、なぜそのRQが大切なのか(背景・先行研究・意義)、どうやればそのRQに答えられるか(方法)、そのRQの答え(結論)からどんなことが考えられるか(考察・結論)などを、読者にも考えてもらった上で納得してもらえるように論文は書かれます(注)。<読者に親切>というのは、そのように読者に思考・判断をしてもらうために便利なように情報が整理されているということを意味します。
大学・大学院で論文を書く指導を受けると、最初は、なぜ「こんなにうるさく言われなければならないのだ」「自分には自明のこの文章になぜ『わかりにくい』などと文句をつけられなければならないのか」などとイライラするかもしれませんが、これは高度知識社会で非常に有益な技術をマスターするためです。どうぞ論文執筆の意義を考えて、自分のベストを尽くして論文を書いて下さい。
(注)高度に専門的な集団のためだけに書かれる論文では、エンターテイメント性が減り、速報性や記述の簡潔性が重んじられます。この記事でいう「論文」とはそのように特殊な専門的読者層に対して書かれるものでなく、いわゆる「一般読者」を含む比較的広い読者層に対して書かれるものを指しています。
追記
読者に親切な知的エンターテイメントとしての論文執筆は、意外に理系の研究者の方が心がけていたりすることがあります。アメリカで活躍する世界最先端の研究者が書いた金出武雄『素人のように考え、玄人として実行する』(PHP文庫)は読みやすい文庫本です。ぜひご一読ください。
追追記
The Purdue OWL (Online Writing Lab)は英語で文章を書く際に本当に役立つ良質なサイトです。ぜひ皆さんブックマークして常用して下さい。
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