広島大学教育学研究科は社会貢献の一つとして、「高等学校教員のための指導力向上セミナー」をこれまで4回開催してきましたが、この8月24日(日)に、広島大学東京オフィス (JR田町駅(芝浦口)下車徒歩1分) で、第5回目のセミナーを開催することとなりました。
詳しい内容などは、上記のURLをクリックしていただきたいのですが、概略を言いますと、今年は午前中に、今後の指導要領のあり方を巡る講演(長尾篤志先生(文部科学省初等中等教育局視学官)・森敏昭先生(広島大学大学院教育学研究科教授))を行い、午後には三つの分科会(数学・美術・英語)に分かれてセッションを行います。
参加費は無料です。ぜひお誘い合わせの上、下記の受付サイトから申込を行っていただければ幸いです。
英語分科会においては、次のことを目指します。
・「授業は英語で」や「自分なりの授業パターンを作る」といった現実的な話題を
・新人教師と中堅教師の当事者(第一者)としての実際の語りと、
・教師教育者からのインタビュアー(第二者)としての問いかけを通じて探究し、
・聴衆(第三者)とのコミュニケーションを行い、当事者の知見を客観化する。
もしこのように自負することが許されるならば、今回の分科会は、「現実的な話題について実験的な方法論で探究する試み」と称することができるかもしれません。
二人の現場教師の事例報告を2時間10分かけて検討しますから、じっくりと考え語り合うことができるかとも思っています。
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げます。セミナーの名称は「高等学校教員のための」とありますが、英語教師を目指す学生さんや、日本語教育関係の方々、その他、ご興味のある方などすべて歓迎いたしますので ―このセミナーの目的は大学としての社会貢献です―、どうぞお早めにお申込みください。
以下は、予稿資料です。
試行錯誤しながらの英語授業実践
‐新人教師と中堅教師の事例‐
司会・第二質問者:柳瀬陽介(広島大学大学院教育学研究科)
第一発表者:豊永彩佳(神奈川県立瀬谷西高等学校)
第一質問者:樫葉みつ子(広島大学大学院教育学研究科)
第二発表者:組田幸一郎(千葉県立成田北高校)
第一発表者:豊永彩佳(神奈川県立瀬谷西高等学校)
第一質問者:樫葉みつ子(広島大学大学院教育学研究科)
第二発表者:組田幸一郎(千葉県立成田北高校)
■ 目的
この分科会では、必ずしも良好とは言えない環境の中で ―例えば前の記事教育現場で「よく観察し、よく考える」ことをお読み下さい― 、変革を迫られ続けている英語教師が、心身の健康を保ちながら英語教師として成長するための経験の積み方を探究することを目指します。
英語教師としての将来に不安を感じている教員志望者、自らの苦難を打開しようとする新人教師、英語教育の改革の波に対応しようとする中堅教師、同僚教師の支援を目指す熟練教師・教育行政者、質的研究により教師の実態を解明し英語教育の改善を目指す研究者などの皆様のご来場をお待ちしております。
■ 背景
教師、とりわけ英語教師をめぐる状況は、とても優雅なものとは言えません。まず、日本の教師の現状を理解するために、OECD国際教員指導環境調査 (The OECD Teaching and Learning International Survey: TALIS)の2013年度版結果報告を見ますと、次のようなことがわかってきます。
(1) 教師あたりの生徒数:教師一人あたりが抱える生徒数は、チリ(23.4名)と日本(23.3名)がOECD参加国で最多で、平均の12.4名を大きく上回る。
(2) 学級あたりの生徒数:学級あたりの生徒数では、日本は、シンガポール、メキシコ、韓国、チリの次に多く、これも平均の24.1名を大きく上回っている。
(3) 総労働時間:教師の一週間学校での労働時間(Including teaching, planning lessons, marking, collaborating with other teachers, participating in staff meetings and other tasks related to the teacher's job at the school)は、日本が53.9時間(週5日で割ると10.8時間)でOECD参加国中最多で、これも平均38.3時間(週5日で割ると7.7時間)を大きく上回る。
(4)教える時間の割合:総労働時間のうちで実際に授業をしている時間の割合では、日本が32.8%で参加国中最低(平均は50.5%)。
(5) 授業準備時間の割合:学校の内と外で授業準備にかける時間(Hours spent on individual planning or preparation of lessons either at school or out of school)を、総労働時間で割ったら32.8%で参加国中最低(平均は50.5%)。
(6) 授業準備時間の絶対量:学校内外で授業準備にかける時間の絶対量は、クロアチアの9.7時間に次いで日本が8.7時間で第二位。ちなみに平均は7.1時間。つまり、日本の教師はよく授業準備をしているが、それでも総労働時間があまりにも多いので(5)の授業準備時間の割合が参加国中最低になっていると考えられる。
(7) 採点や添削時間の割合:総労働時間の中で、生徒の提出物を採点や添削した時間の割合は、日本が8.5%で参加国中最低(平均は12.8%)。ちなみに割合でなく時間の絶対量では、日本は4.6時間で、平均の4.9時間を少し下回る程度。
(8) 保護者とのコミュニケーションをする時間の割合:総労働時間の中で、保護者とのコミュニケーションをする時間の割合は、日本は2.4%でクロアチアと並んで下から2位(平均は4.1%)。ちなみにこの時間の絶対量は1.3時間で、平均の1.6時間を少し下回る程度。
(9) 事務仕事の時間量:事務仕事の時間(Hours spent on general administrative work (including communication, paperwork, and other clerical duties you undertake in your job as a teacher))は、韓国(6.0時間)、マレーシア(5.7時間)に次いで、日本は3位(5.5時間)で、平均の2.9時間を大きく上回る。ちなみに、事務仕事時間が総労働時間で占める割合を見ても、日本(10.2%)は平均(7.6%)より高い。
(10) 部活動指導に費やす時間:日本は7.7時間でダントツの1位(平均は2.1時間)。ちなみに、この時間を学校内総労働時間で割っても、日本は14.2%で1位(平均は5.5%)。
(11) 「教職は社会の中で敬意を持たれていると思う」( I think that the teaching profession is valued in society.)に対して、4件法で肯定(strongly agree, agree)を示した割合は、日本は平均以下。ちなみにその他のアジア国はすべて平均以上。
(12) 「自分の仕事に総じて満足している」(All in all, I am satisfied with my job)に対して、4件法で肯定(strongly agree, agree)を示した割合は、日本は85.1%で、平均の91.2%を下回る。
以上をまとめますと、以下のようになるかと思います。
日本の教師は、多くの生徒と多くの事務仕事を抱えながら、OECD参加国で最も長い時間働いているし、長い時間をかけて授業準備をしている。だが、部活動指導に費やす時間が非常に長く、それだけ、授業をする時間・採点や添削をする時間・保護者とコミュニケーションする時間の割合が少なくなってしまっているし、それらにこれ以上の時間を割くことができないと考えられる。また、教職に対する社会の敬意や、仕事に対する自らの満足度は平均以下となっている。
また、(1)~(12)の結果を図示したものは、以下からダウンロードできるようにしました。((11)の図はTALISからそのまま引用したもので、その他の図はTALISの表データを柳瀬がグラフ化したものです。
次に、日本の英語教師をめぐる状況ですが、英語ほど外からの改革を要求されている教科はなく、その否定的な側面は、大津・江利川・斎藤・鳥飼(2013)や江利川・斎藤・鳥飼・大津(2014)などがまとめている通りですので、ここでは詳述を割愛します。
■ 方法
こういった状況で、英語教師が授業改善を中心として英語教師として成長し、生徒と社会の未来に貢献するには、長期的な戦略と短期的な戦略の両方が必要だと思われます。
長期的な戦略は、教師の労働時間の削減で、それには部活指導と事務仕事を減らすことが必要となるでしょう。ですが、部活指導に関しては長年の教師文化が、事務仕事に関しては近年加速する管理体制が障壁となるかもしれません。
短期的な戦略としては、時間があまり割けない中でもできる自己研修の方法を充実させることが考えられます。樫葉と柳瀬はこれまで、教師自身によるリフレクション(およびメンターとの対話)について研究を重ねてきましたが、この分科会では、新機軸として、新人教師と中堅教師がそれぞれ自分のこれまでをまとめた発表を聞き、それに対して聴衆の前で対話を重ねることで、新たに見えてくることはないかを探究してゆきます。新人教師と中堅教師が掲げるテーマは、次のページ以降に示されているように、「 “授業は英語で” への対応」、「自分なりの授業パターンを作り上げてゆく」といった具体的・現実的なものです。
その対話の際に、柳瀬が考えている方法論は、カウンセリングにおけるカウンセラーや当事者研究における「第二者」の聴き方であり、教師が語る内容についての通俗的な判断や価値付けを一時停止して(一種の「エポケー」)、なぜ・どのようにしてそのような語りが生じたのかを、教師が自ら発見することを促すことを目指します。
聴衆がいる前で、このような対話を行うことは、実験的なやり方ですが、聴衆という「第三者」を意識しながら、教師という「第一者」の理解を、第三者にも通じるように「第二者」としてなすべきことをなすという実験的試行は、当事者間だけの理解にとどまりがちなリフレクションなどを「研究」として進化させることにつながるのではないかと考えています。
また、当日は聴衆の皆様との質疑応答・討論の時間をできるだけ取りたいと思っています。この分科会を充実した時間にしたいので、皆様のご来場をお待ちしております。
参考文献
江利川・斎藤・鳥飼・大津・内田 (2014) 『学校英語教育は何のため?』 ひつじ書房 大津・江利川・斎藤・鳥飼 (2013) 『英語教育、迫り来る破綻』 ひつじ書房
樫葉・上山・山本・柳瀬 (2013) 「英語教師が自らの実践を書くということ(1) ―日本語/公開ライティングと英語/非公開ライティングの事例から― 」『中国地区英語教育学会研究紀要』43号 pp.61-70.
樫葉・大塚・坂本・柳瀬 (2014) 「英語教師が自らの実践を書くということ(2) 中高英語教師が自らの実践を公刊することについて」『中国地区英語教育学会研究紀要』44号 pp.97-106.
柳瀬 (2014) 「人間と言語の全体性を回復するための実践研究」言語文化教育研究会 シンポジウム 「言語教育の目的と実践研究」での発表資料(http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/02/315.html)
柳瀬 (2014) 「『客観性』を問い直し、量的研究の『客観主義』を乗り越える」 JACET中部支部大会シンポジウム「第二言語習得論からみた大学英語教育-量的アプローチと質的アプローチの共存-」での発表資料(http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/06/blog-post.html)
生徒の「英語を使う力」向上を目指して
‐“授業は英語で”の視点から‐
‐“授業は英語で”の視点から‐
豊永彩佳
(神奈川県立瀬谷西高等学校)
(神奈川県立瀬谷西高等学校)
1. はじめに
生徒数が年々減少する現在、神奈川県においては、県立高校入学者の全入化・低学力化が課題の一つとなっている。勤務校もその例外でなく、生徒の中にはアルファベットのbとdの区別が付けられない者もいる。授業を静かに聞くものの、授業に希望を持てず暗い表情をした生徒たちが多い中、いかにして授業に向かせ、英語を使う力を向上させるかが本校の課題である。
興味深いのは、英語を苦手とする生徒が多い一方で、そのほとんどは「英語が使えるようになりたい」という思いを持っていることだ。たとえば、「海外に行きたい」、「外国人とおしゃべりができたらかっこいい」など、生徒たちは実に素朴な思いをアンケートに書く。設備やプログラムの整う私立高校ではなく、公立高校を選択した生徒たちに、日頃の授業の中で可能な限り「英語を使う力」をつけてあげられないか???そのための授業の方策を探った。
「授業は英語で」の方針が打ち出され、施行されて1年が経つ。教師側が積極的に英語を用い生徒に働きかけることで、英語はやりとりの道具として意識され、英語を聞いたり話したりする機会が増える。もし授業が、英語を使える場として機能するのであれば、「授業は英語で」行う意義は大きい。そこで、担当する本校の1学年の対象として、英語での授業の有効性を検討した。1学年の4月~7月の四半期においては、英語を苦手とする生徒が多いことを鑑みて、運用能力の下支えとなる学習意欲を向上することに焦点を当てることとした。
2. 仮説(リサーチ・クエスチョン)
「英語で授業を行えば、生徒の学習意欲が向上するのではないか。
3. 実践の概要(英語での授業について)
・1時間の授業の流れとともに指示で用いる英語の固定化
・生徒に内容を伝えることを目的としたteacher’s small talk
・生徒の言いたいこと・つぶやきの積極的な英語への変換
・授業内ルールを周知徹底(英語を使う環境の整備)
4. 結果および課題
〇英語の授業への抵抗感が低くなり、学習意欲の向上に結び付いた生徒がいたこと主には以上の2点を得ることができた。しかし、学習意欲の向上は十分ではなかった。再度英語での授業の在り方について見直すとともに、意欲の向上が見られなかった生徒への具体的な働きかけを検討する。また、全体として学習意欲を伸ばしながら、英語を使う力がどの程度比例して伸びるかについて検証したい。
〇教師の発話のインプットを受け、英語への気づきが生まれていること
自分なりの授業パターンを作り上げていく
組田幸一郎
(千葉県立成田北高校)
(千葉県立成田北高校)
「かには甲羅に似せて穴を掘る」という諺は「教師は自分の英語の理解に似せて授業を作る」と応用ができるのではないだろうか。自分が教科書の英文をどのように理解し、その英文をどのように定着していくかということを意識して授業は作り上げられていく。いかにリスニングをし、単語を覚え、読解をし、音読を行うかなどを具体的に作りあげたものが授業のベースになる。
新人教師と呼ばれているときには、授業をどのように進めていくのかがなかなか定まらない。自分のことを思い返すと、学校の仕事に慣れなかったり、新人ということで多くの仕事が回ってきたりして、授業作りに集中できないという事情も確かにあった。しかしそれだけではく、教師になるまでは、英語を勉強していたものの、自分がどのように英語を理解するかというメタ認知を働かせる機会がなかったということもあった。そのため、何を意識して授業を組み立てるかに悩む=授業の進め方がなかなか定まらなかった。これは授業を意識的に考える経験を重ねることで、授業の進め方のパターン化=自分の英語理解の客観視が可能になっていく。これは、「出汁」といえる部分である。
次に、どのように生徒に授業内容を定着させたり、英語力を伸ばしたりするか、という課題を持つようになる。これは、自分の英語理解・英語力上昇の方法をなぞるだけではうまくいかない。教師は一定の年齢に達しているし、英語力もあるが、生徒はまだ若いし、英語力もまだまだである。モチベーションも、教師よりも低いことが多い。教師にとっての英語は「そのもの」だが、生徒にとっての英語は多くの教科のうちに1つにすぎない。これらの事情を踏まえて、授業を組み立て方や、授業への「惹きつけ方」を意識して、授業を作り上げていく。これは「(英語)教師力」とも呼ばれるもので、生徒の状況を客観的に理解する必要があるだけでなく、授業以外での生徒とのコミュニケーションも大切になってくる。これは生徒の英語力アップとともに変わっていく部分で、「味付け」といえる部分である。
毎時間、授業のパターンを変えていくことは、教師にとっても、生徒にとっても辛いことだ。授業の「出汁」がしっかりとしていれば授業は一定のパターン化ができる。そして「味付け」を徐々に深化させることで、授業に刺激が与えられ、生徒はさらなる高みを目指すことができる。このようにすると、教材研究を効率的に行えるだけでなく、深みのある授業ができるのではないだろうか。