広島市の「市中研」のご厚意で、北海道の中学校教師、大塚謙二先生のワークショップ(7/27)の後半およびその後の懇親会に参加させていただくことができました。
私が最初に大塚先生に注目したのは、大修館書店『英語教育 増刊号』の年間書評で、大塚謙二『成功する英語授業! 50の活動&お助けプリント』明治図書を選んだ時です。
その時の原稿を一部転載します。
大塚謙二『成功する英語授業! 50の活動&お助けプリント』明治図書
本書は、中学英語教師にとって、かけがえのない実践の枠組み、そして実際的な支援の道具となるだろう。
著者の大塚氏は、北海道で公立中学教師となるも、「最初の10年間は、困難校で苦労し、毎朝新聞の転職欄をながめる日々」だったという。だが転機となったのが、「英語教育達人セミナー」(達セミ)である。そこで楽しく教えることの良さを学び、やがて大塚氏も達セミで発表するようになる。さらに大塚氏は、達セミ主催者の谷口幸夫氏が大学院で学ぶようになったことに刺激され、北海道教育大学大学院で学ぶ(北海道教育委員会からの派遣)。本書はこれらの経験、学びを経た大塚氏が再び現場に戻る中で書かれた本だ。
(中略)
いずれにせよ、このように自らが苦労の上に形にした知見を惜しげもなく公開する大塚氏の思いは、本書の「おわりに」に示されている。―「社会の状況が変化し、教師の仕事も厳しい状況になってきています。さらに、もし学校状況が良くない状態だったとしたならば、毎日の授業を計画し、実行することは本当に激務です。精神的にも疲れ切ってしまいます。ですから、今回取り上げた活動は、誰にでも指導することが簡単で、短時間で準備ができて、さらに、生徒が楽しく力をつける活動を集めてみました。ちょっとしたことで授業が変わる、でも、そんな小さなことが大切なんだと思います」。―128ページの薄い本書を手にするのも「ちょっとした小さなこと」だ。中学教師はもちろんのこと、高校教師もぜひこの「ちょっとした小さなこと」を試して欲しい。
この本、およびこの本を補完する機能ももった大塚先生のホームページを見た時、私は「これはすごい先生だ。一度お会いしたい」と思い続けておりました。
しかし、なかなかその機会も得られないまま年月は過ぎ、やがて私はひつじ書房の『成長する英語教師をめざして』を編集する機会に恵まれました。
この時、私はまだ一度も大塚先生にお会いしていないにもかかわらず、大塚先生にはぜひ原稿をお願いしたいと思い、失礼を承知でメールで原稿をお願いしたところ、ご快諾いただき、すぐに原稿を書いていただきました。それは英語教師が二番目の学校に移る頃について書いたものですが、それが素晴らしかったので、私達編者はその大塚先生の原稿を、他の執筆者にお示しする模範原稿とさせていただきました。(その原稿の一部は以下にある通りです。)
2巡目の担任をする頃は、早い教師で4年目、遅いと7、8年は経過し、2校目に転勤している頃かもしれない。後輩たちを見ていると、この時期になると、まだまだ謙虚にそしてエネルギッシュに頑張る教師、文句が多く楽な道ばかりを探す教師、もうすでにできあがってしまいなんとなく全てが受け身でリーダーシップをとれない教師、など様々だ。いずれにしても、この時期は大変難しいサイクルに入ってしまう教師が多い。それは、特に2校目に転勤して発生してしまう。2校目の壁、または、2サイクル目の壁である。
新卒で赴任し、何もかもが新しく、先輩教師に言われることはすべて絶対であると素直に信じきって、なんとか乗り越えてきた最初の3年。まわりの先輩教師たちも、後輩を育てるために色々なアドバイスをしてくれる。それに応えるために必死に仕事をして駆け抜けてきて、ほっと一息ついて、2巡目の新しい環境に来たときに、今まで一生懸命自分の中に築き上げてきたより所となる考えや指導方法、学校の常識が、新しい学校や学級では通用しなかったり、または、全く違っていたりすることに戸惑ってしまう場面に遭遇してしまう。また、まわりの教師たちも、新卒ではなく、転勤してきた教師に対しては、数年の経験があるので、この人はある程度できるだろうと思い、それほど指導はしないことが多い。また、2巡目の担任となると、どうしても、前の学級との比較に陥りがちで、うまくいっている場合は良いが、そうでない場合は、前の学級では通用していたことが2回目の学級では通用しなかったりすると焦ってしまい悪循環に陥ってしまう。このような訳で、2校目や2巡目の担任という状況では心が不安定になり、うつ傾向になったり、悩みを抱え込んでしまったりする教師が出てしまう。
このようにすばらしい原稿をたちまちの間に書かれた大塚先生に私はすっかり惚れ込んでしまい、一度もお会いしないままに、さらに次の仕事(全国英語教育学会課題研究フォーラム「英語教師が書くということ -日本語あるいは英語による自らの実践の言語化・対象化-」の2013年北海道大会の登壇者)も厚かましくお願いしてしまいました。
そんな中、今回、大塚先生が広島に来られるので、私は無理を言ってそのワークショップ会場にもぐり込ませていただきました。お会いして一言お礼を言いたかったからです。
やっぱりお会いできてよかった。
大塚先生は、予想通り、いや予想以上に、すてきな中学英語教師であり実践的研究者でした。
私が聞いた部分のワークショップでは、上記の『成功する英語授業!50の活動&お助けプリント』にもあった、Rule-based processing + Exemplar-based processingの考えで、「語彙・文法・音声」だけでなく、「語彙化された定型文・語彙化された句」を英語の基礎基本の力と規定した上での実践的活動を次々に紹介されていました。
大塚先生のよいところの一つは、自らの実践を「カン」と「経験」だけで他人に勧めるのではなく、SLA理論などに物事の考え方の筋道を学んだ上で、自ら整理して理解しなおして他人に伝えるところですが、さらにいいのはSLA理論などを鵜呑みにしないところです。
例えば今回のワークショップでは、日本の中学生は欧米でのSLA理論が言う程には、教師のさりげない言語的修正(recasting)には気づかないことを、自らデータ化した上で、近年は一種タブー視すらされている感の強い「間違い探し」(例、次の英語の中には、2箇所間違いが隠れています。さあ、どことどこでしょう)をする活動を紹介されておりました(注1)。
そういった活動も、きわめてテンポよく進んでゆきます。大塚先生のワークショップは、パソコン画面を投影しているだけで、特に先端テクノロジーを使っているわけではないのですが、ICT機器の使いこなしが巧みで、私たちはきわめて快適な知的経験をすることができました。それもそのはず、大塚先生は次の本も書かれております。
このように大塚先生の実践は、理論による整理とICTによる効果的な伝達に支えられているのですが、その基盤はなんといっても生徒への愛情だと思います。
大塚先生はワークショップの最後の部分で、絵本『おごだでませんように』を紹介されました。
これはいい絵本です。大型書店や図書館にはきっとあるはずですから、一度読んでみてください。小学校や中学校の職員室の共用書棚には一冊備えておき、教員なら時折読み返したい本です。
大塚先生は、このような愛情を、授業という形にするための本もまとめています。これもいい本です。特に新任教師の方、授業から少しだけ離れられるこの夏休みに読んでみて下さい。理想を失わない現実論です。
今回の大塚先生の来広には、下の本の著者でもある胡子先生の働きかけが大きかったとも聞きました。
胡子先生は、大塚先生の実践から大きく学び、また同じように大塚先生も胡子先生の実践に衝撃を受け、相互に学び合っているようです。そしてその成果の一つとして、近々明治図書からお二人で共著を出されるとも聞きました。とても楽しみです。
このように優れた日本の実践者は著作も書いてゆきます。それも並の大学教員には絶対に書けないような深い実践の知恵をやさしいことばで表した書を。
私は、大学教員や教育行政者が各所で講演をしてまわり現場教師にあれこれ指示するより、現場教員の観察力・分析力・思考力(注2)を上げ、現場教員同士が共に支えあい学び合う自由な共同体を作った方がよほどいいのではないかという思いを近年ますます強くしています。
しかし現状は教員が自由に集ってお互いに教育の話を忌憚なくできる場所も時間もどんどん奪われているようです。もっと実践者の声を大切にし、またその声の質をより高めるように、社会の流れを変えたいと切に願っています。(ですからどうぞ8/4の全国英語教育学会課題研究フォーラム「英語教師が書くということ -日本語あるいは英語による自らの実践の言語化・対象化-」に来て下さい)。
また、(悲しむべきことですが)教育行政がそのような教師の場づくりに否定的なら、私たちが自らの手で場を育てればいいわけです。
この意味で、大塚先生が懇親会の席でも何度も繰り返し、私たちもその度ごとに頷いたことは、今回のような出会い ―全国各地でそれぞれの形で展開されている実践を愛する者たちの出会い― の多くは、谷口幸夫先生が開始し長年にわたって継続している英語教育達人セミナーによってもたらされたものです。この場を借りて再び、谷口先生、および達セミを構成しているすべての皆さんに感謝を捧げます。
ともあれ、今回もいい出会いに恵まれました。大塚先生をはじめとして、みなさんに感謝します。
(注1)
この間違い探しの問題は教師が出すものですが、私はこの間違いの題材はむしろ生徒に作らせたら面白いのではないかと思いました。つまり、正しい英文を生徒に与えて「これに、あなたがやってしまいがちな間違いを入れて書きなおして、友だちに、どこに間違いを入れたか(またどうしたら正しい英文になるか)を尋ねてごらん」などと指示するわけです。ワークショップ後、このアイデアを大塚先生に話してみますと、「あ、それは面白いかもしれないですね」と言っていただきました。
(注2)
現場教師として成長するための観察力・分析力・思考力そして日常生活のあり方について、私が多くの現場教師の皆さんから学んだことをまとめた文章である「何気ない日常に学ぶ教師のすごさ」を私は『成長する英語教師をめざして 新人教師・学生時代に読んでおきたい教師の語り』に書きました。以下は、その一部です。
教師はなんとかしたい。だがかつて学校優等生であり、卒業後はすぐに管理的な教育行政に適応することを学んだ若い教師は、途方にくれるばかりである。大学や学会で提供される研究はしばしば文字通り「教科書的理想状況」での英語教育ばかりを語る。教育行政は、教師の声に耳を傾けることもなく、教師にゆっくり考える時間を与えることもなく、次々に新事業を起こし、新たな数値目標を設定し、書類作りばかりを要求する。多忙で過酷な毎日の中、同僚、先輩-後輩のつながりもどんどん失われている。もう、大学・学会・教育行政などに頼ってはいられない。目の前の生徒の人生に働きかけるには教師自身が考えてなんとかするしかない。
時代は「考えない」ことばかりを促す。ならば反時代的に、自ら考えなければ、この時代は打開できない。生徒の人生を、そして教師自身の人生を人間的なものにするには、自ら考えるしかない。自ら考える者だけが他人と連帯できる。
臆面もなく自著を宣伝します。お金がある方はこの『成長する英語教師をめざして 新人教師・学生時代に読んでおきたい教師の語り』を買って下さい。もしお金がないなら、所属学校や地方自治体の図書館に購入希望を出して下さい。出版界が、もっと現場教師の声を公刊し、それにより現場教師が自らのことばの質を高めるようになることを私は願っているからです(ちなみにこの著書の報酬は、編者・執筆者共に書籍数冊の現物支給だけで現金はまったくありません。2刷に入れば、その収入は全額、東日本大震災で被害にあった子ども・生徒を支援するためにあしなが育英会に寄付することにしました。私がこうして臆面もなく自著の宣伝をするのは、少なくともお金儲けのためではありません)。