2008年5月10日土曜日

「現代社会における英語教育の人間形成について」のためのノート 2/5

1.1.2 日本の歴史から

 それでは日本において人間形成はどのように考えられてきたのだろうか。ここでは教育勅語と教育基本法を概観しよう。

 教育勅語は、幕藩体制から急速に近代的な国民国家を形成しなければならなかった明治政府が明治天皇の言葉として語らせた教育方針である。大日本帝国憲法発布の翌年である1890年(明治23年)に発布された。明治の日本は、一方で西洋的な価値観そして制度に対応しなければならないという課題を持っていたものの、他方で儒教的な伝統を強く残していた。この緊張の中で国民国家を安定したものにすることが山県有朋ら明治の為政者の発想であった。

 したがって教育勅語も「学ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ、進デ公益ヲ広メ世務ヲ開キ、常ニ国憲ヲ重ジ国法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」と近代的な価値観を提示しながらも、儒教的な「爾(なんじ)臣民、父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信ジ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ボシ」という価値観を堅持していた。だがなんといっても教育勅語の基本は冒頭の二文で、天皇が日本国を作ったのであり、「臣民」は天皇に忠孝を尽くし、心を一つにすることが「国体の成果」であり「教育の淵源」であるという部分であろう(朕惟(おも)フニ我ガ皇祖皇宗国ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹(た)ツルコト深厚ナリ。我ガ臣民克(よ)ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心ヲ一(いつ)ニシテ世々厥(そ)ノ美ヲ済(な)セルハ、此(こ)レ我ガ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源(えんげん)亦(また)実ニ此(ここ)ニ存ス)。

 この教育勅語は昭和に入り神聖化され、国家総動員法(1938年、昭和13年)に代表される軍国主義を支える一種の聖典として利用されるようになった。第二次大戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP:General Headquarters/ Supreme Commander for the Allied Powers)は教育勅語の影響を懸念し、1948年(昭和23年)に衆参両院で、教育勅語は排除され失効になった。

 教育の方針に関して新たに制定されたのは教育基本法であり1947年(昭和22年)に施行された。それは前文において「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」と宣言し、第一条(教育の目的)で「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」であると定められた。

 教育基本法は2006年(平成18年)に改正施行された。主な違いは前文に「公共の精神を尊び」や「伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育」という文言が入り、第二条(教育の目標)で、「豊かな情操と道徳心を培う」ことや「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」が法律で定められたことである。旧法の「個人の尊厳」に「公共の精神」がつけ加えられ、同じく旧法にあった「世界の平和と人類の福祉」のための努力は、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに」なされるべきことがつけ加えられたと言える。

 これら三つの告示を比べると、教育勅語においては文明開化と伝統文化の共存が目指され、終戦直後の教育基本法では、おそらくは戦前への反動として、個人と新たな国家建設という進歩主義的な特徴が強くなった後、新教育基本法で公共性、国と郷土、およびそれらの伝統がつけ加えられたとまとめられる。

 前節でのヨーロッパの検討が主として思想の検討であり、本節での検討が国からの告示であることは、両者の比較がカテゴリーを異にする比較であることを意味する。思想が時代を先取りしがちなのに対して、公的告示は保守的にならざるをえないことは一般的な傾向であろう。ここで今までの概説からヨーロッパの先進性と日本の後進性を結論づけるのは凡庸であるというよりは誤りであるというべきであろう。

 しかし、これまでの検討から、日本の教育が、日本という「民主的で文化的な国家」の発展だけでなく、「世界の平和と人類の福祉の向上に貢献すること」を願い、「個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊」ぶことを期して、「伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する」のならば、ここで私たちは国家/世界、個人/公共性、伝統/新しい文化といった一見する限りの対立概念を発展的に理解する必要がある。

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