日本言語テスト学会(JLTA)第26回研究例会(会場:広島大学総合科学部J307教室2008年2月2日(土) 14:30-15:20)で発表させていただいた「コミュニケーションのテスト、テストのコミュニケーション」という発表のレジメを公開しましたのでお知らせします。ルーマンのコミュニケーション論によって、コミュニケーションのテストを考え直し、かつテストも一つのコミュニケーションであるということを言おうとした発表です。
http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/Luhmann.html#080204
当日はいくら50分のお時間を頂いたとはいえ、約42,000文字の上の資料を読み上げるわけにはいきませんでしたので、パワーポイントを使って発表しました(それでもスライドは68枚使いましたが・・・汗)。
実は私はここ数ヶ月、ルーマンに夢中になっています。私としてはこんなに夢中になれる枠組みはウィトゲンシュタイン以来です。
Psychology of readingのPerfetti、そして後期ウィトゲンシュタイン、柄谷行人、大森正蔵、ウィノグラードとフローレス、前期ハイデガー、ハイエク、チョムスキー(の哲学的論考)、デイヴィドソン、関連性理論、アレント(あるいはそれらよりもかなり劣る程度で西田幾多郎、ハーバマス、ウェーバー、ニーチェ、スピノザ、サール、カント、ネグリとハート)などと私はいろいろな研究者の本を何度も読み返して、私の思考の幅を広げようとしてきましたが、私にとってのルーマンは、私にとって最初の哲学者であったウィトゲンシュタイン以来最大の知的インパクトを受けているような気がします。おそらく最終的な影響はウィトゲンシュタイン以上のものになるかとも思っています。
しかし、ルーマンこそは「皮相な批判と、安直な礼賛があまりにも多い」とも言われる研究者です。私のルーマン読解は、量的にも非常に少ないですし、質的にも日本語訳を中心にして、気になる箇所だけ原著のドイツ語と英訳本を参照するだけのですから、このような勉強程度で資料の公開などするべきではないのかもしれません。
しかしそれこそルーマンにのぼせてしまった者としては、自らの論考を社会のコミュニケーションの中に入れてしまうことで、自らだけでは決してなしえない展開ができればと思い、ここに公開します。
ご批判があればどうぞお寄せください。間違いはすぐに正すつもりです。
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